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次の本は

アルトです。涼風が吹き込む様子もなく、ただ蒸し暑さを感じる朝です。

数日前にドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』を読了しました。長い長い物語でしたが翻訳が良かったのか飽きることなく読みました。今は次に読む本をあれこれと考えています。本屋さんに行って本を買う楽しさ、本を探す楽しさは、本好きにはたまらない魅力です。持ち運びの楽な文庫本で古典にするか、海外文学にするか、はたまた村上春樹の本にするか。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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青春

アルトです。”青春”という響きが、文字が、少しばかり遠のいたなあ、などと思うこの頃です。

  「青春」、でっかくて、元気が良くて、愛情いっぱい――

   優美さと、力強さと、魅力で溢れそうな青春よ、

  君は知っているか、「老年」がおらくは君たちに劣らぬ

   優美さと力強さと魅力をそなえて、君のあとからやってくるのを。

               ホイットマン『草の葉』(中)より

今朝の日経新聞(日経プラスワン)でJRの《青春18きっぷ》は年齢制限がないことを知って、各駅停車の旅行に出かけて見たくなりました。《青春18きっぷ》の使い方次第では思わぬ旅の醍醐味を味わうことが出来そうです。このおじさん、まだまだ青春なんだろうか・・・。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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「謙虚に正直に」

アルトです。どうも暑さに負けたのか、体が疲れて元気が出ません。

さて先日、同居する父が取っている毎日新聞を何気なく見ていたら、落語家の柳家花緑さんのコラム(『想創』7月22日夕刊)がありました。気になって読んでみると、花緑さんの噺家としての真面目な一面を見ることができました。

高座に上がって落語をする花緑さんを、お客さんは「どう見ているのか」「何を見ているのか」ということを客観的に自分の言葉で語っています。まずは元気の「気」。次は私(花緑さん)の本音、私の思い、つまり「心」。そして最後は私の見えない部分、つまり「盲点」というのです。

「なるほどなあ」と感心させられましたが。まだ若い花緑さんがそこまで自分を観察し、落語を研究しているのかと思うと、思わず「精進」という言葉が頭をよぎりました。「気」と「心」と「盲点」を誰かが見ていると思うと、”嘘はつけない”という必然を感じました。そして花緑さんはコラムの最後をこう結んでいます。

《だから、落語は自分にとって合わせ鏡なんだと思うんです。落語にその時の自分が映っている。「謙虚に正直に」を心の芯に据えて、今日もバカバカしいお笑いを申し上げちゃおうと思います。》

高座では聞けない良い話を聞かせてもらいました。そして花緑さんの落語を聞いてみたくなりました。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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出会い

アルトです。いきなりですが本日の日経新聞コラムからです。

「人との出会いそのものが、表現する動機であり目的なのだ。表現とは作品ではなく、他者がその作品を見て感じたときに生まれるものだ。」とは、アーティスト日比野克彦さんの言葉。

《記憶の中の名画十選》最終回の今日、クールベの『出会い(こんにちは、クールベさん)』を解説する日比野さんの言葉に絵画鑑賞の深みを分かりやすく教えてもらえたような気がします。

日比野さんの言葉から私流の解釈ですが「人との出会いそのものが感動なのだ。感動とは作品ではなく、他者がその作品を見て感じたときに生まれるものだ。」

クールベの『出会い』は数年前に損保ジャパン東郷青児美術館で観たので、懐かしい気持ちになりました。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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物語は大詰めに

アルトです。これだけ暑い日が続くと気力も萎えるものですが、未だに食欲と物欲だけはしっかりあるので、夏バテにはなっていない証拠でしょう。

Dscf1531 裏庭に出来たミニトマトです。艶々とした光沢が瑞々しさを感じさせてくれます。氷と水を張ったボールに浮かべて食べられるまでにはもう少しかかりそうですが、庭で出来た取れ立てを食べると言うのは贅沢な気分になれそうです。

さて、夏は読書に最適とまでは言わないまでも、体力を温存しながら本を読むというのは心身にとって良いことかも知れません。今朝は5時過ぎから窓を全開にして涼しい風に当りながら本を読みました。『カラマーゾフの兄弟』もいよいよ大詰めになりました。二転三転とストーリーが展開していくので、いったいこのお話の結末はどうなるのかという興味が終盤になってますます高まってきます。今、高校生の甥には是非読んでもらいたい海外文学の一つです。

Dscf1532 今日は三連休の最後。夕方からはイタリア語会話に出かけます。疲れ気味の体を休めて、一日本でも読もうかと思います。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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井戸水のシャワー

アルトです。蒸し暑くて寝苦しい夜が明けると、体はぐったりとして少し動くにしても重く感じられます。

昨日の朝、クルマを洗車した後に水のシャワーを浴びました。田舎は水道が通っていないので井戸水です。井戸水の冷たさは半端じゃありません。胸に水がかかると心臓が止まりそうなくらいで、子供のように飛び跳ねながら浴びるのですが、浴びた後の清涼感は言葉になりません。少し病みつきになり、今朝もだるい体に渇を入れるために、井戸水のシャワーを浴びました。

Dscf1530 ふと目に付いた庭に咲いている白い花。名前は良く分かりませんが、梔子(くちなし)のような甘い香りがしていました。我が家はいろんな花が咲いているのですが、ほとんど手入れの要らない花ばかりです。植えている場所も人目の付かない場所ばかりで、少しばかり花が可愛そうになります。

さて、日経新聞に連載中の『私の履歴書』に心に留めおきたい言葉がありました。現在連載されているのは作家の平岩弓枝さん。テレビドラマ『御宿かわせみ』などで平岩さんの名前を知るほどでしかありませんが、コラムに書かれた内容はどれも人の縁とか温かさを感じさせるエピソードで溢れています。

そこで平岩さんの言葉。

《本当に生きたせりふには無駄がまったくないのだということである。》

言い換えるなら、無駄があるということは、説得力や凝縮感、余韻が乏しくなるということなのか。日々の生活を省みて、シンプルであること、簡潔であるというのは、とかく忘れがちなことだと思います。どうしても無駄なことのあれこれで欲求を満たしてしまいがちです。平岩さんが語るからその言葉にも重みを感じます。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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月光は追いかける

アルトです。田舎の朝は実に賑やかなものです。鳥は鳴き蝉は鳴き、生命の色とも言うべき緑の中で小さきものが一生懸命に生きています。

さて昨晩のこと。月が満月ではないけれど綺麗な白い光を放っていました。帰宅途中に貯水池のそばを車で通っていたら、水面に月の光が幻想的に光っているのに気が付きました。その光はあたかも私に向かって「見て、見て」とでも言うように、どこまで行っても追いかけてくるような気がしました。

運転しながら脇見をするのは危ないとは思いながらも、水面に映る月光の存在に引き込まれてしまいました。しばらくすると「あれっ」とある仮説を自分なりにたてました。「もしかすると月は鏡で、太陽の光を私に向かって反射して見せているのではないか」ということです。ただ月だけを見ていたら気が付くことは無かったのですが、月を水に反射させてみると常に自分の前に月の光が現れるということは、まさにそのことを証明していると言えます。

月は鏡、大きな大きな反射鏡なのです。理屈では分かっていても、本当に分かったのは昨晩の体験によってです。驚きと感動のひと時でした。月は太陽の光を地球にいるたった一人の私という存在に向けて照らしているのです。信じられないことですが、これが事実なのです。

今日あたりがおそらく満月でしょう。洗面器に水を張って月光を映してみてはいかがでしょうか。見ている人が移動すれば洗面器も移動させないと月は見えません。常に月はあなたの前に現れるのです。不思議ですよ。夜空に輝く月はちっともそんな素振りは見せませんが・・・。想像は膨らみますが、月は恋する女性のような存在なのかと。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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ココ

アルトです。いつの間にか蝉の鳴き声で目覚めるようになりました。博多山笠も終わっていよいよ夏本番がやってきた感じがします。

昨日面白い発見がありました。朝の通勤でいつも通る道沿いに昔から開業しているらしい小さな整形外科の病院があります。ちょうどその病院の前で信号待ちをしていて、「この病院何病院というのだろうか」と診療科目を書いたプレートを見たのですが、病院の名前は書いていませんでした。ふと道沿いの電柱に目がいって、電柱広告を見ると「○△整形外科」と書いてあるではないですか。そしてその広告の下の方に「ココ」とかいてあるのです。

「ココね」なるほどと思いました。そうして再び病院を見ると建物の側壁に大きな看板で「○△整形外科」と出ていました。あらためて付近の電柱広告を何本か見ると病院の広告の多いことに気が付きます。他の広告には「この先」という言葉と矢印が書き込まれていておおよそ病院の所在が分かるようになっているのです。小さな広告ですがよく出来ています。

無数にある電柱広告に感心させられた一方で、「ココ」という表現が妙に気に入ってしまいました。訪ね歩いた先で「ココ」という文字を見た時の安堵感や達成感は言葉に表現できないものがあるのではないかと思うのです。そして「ココ」はよくよく考えると電柱の立っている場所だということですから、正確さという面では曖昧さが加味されたものなのだと気付きます。

「ココ」という場所に電柱がある病院は、看板制作費を削減して電柱広告に切り替えると見やすくて探しやすくなるのでは、などとおせっかい病が出てきます。街の電柱広告も見る気になれば面白い物があるということでしょう。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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夏到来か

アルトです。涼しい風が時折強く部屋の中に入ってきます。強い日差しが差し込むと同時に、どこからか蝉の鳴き声が聴こえてきました。「おやおや、夏になったのか」と思うと、急に体が汗ばんできました。耳を澄ますと父の作ったペットボトルの風車が「カラカラカラ」と音を立てて回っています。

さて、何事もない日曜日が始まりました。

今朝の新聞で作家の堀江敏幸氏のコラム『黒飴の瞳』というエッセイを読みました。まるで映画を観ているかのような錯覚を覚える静かでいて表情のある文章でした。しかも心のどこかを摑まれたような不思議な余韻が残りました。

この『黒飴の瞳』というエッセイの中に『ランジェ公爵夫人』という映画のことが書かれていたので、ネットで調べてみました。第57回ベルリン国際映画祭に出品された、ジャック・リヴェット監督の作品で、原作は19世紀フランスの文豪バルザックのものということが分かりました。

是非観たい映画なのですが、九州の田舎ではどうも観れそうにありません。関西の《第七藝術劇場》まで足を運べば観れるのですが如何せん遠い道のりです。《第七藝術劇場》という珍しい名前の映画館の名前の由来は、イタリアのリチョット・カニュードの「映画は第七の芸術」という活動から採られたものだそうです。映画を《第七藝術》と言うことなど初耳でしたが、いつか十三(じゅうそう)の《第七藝術劇場》に行って見たいと思います。全席96席の小さな映画館のようです。

カラスが「カーカー」鳴いています。庭の槙の木の枝が風で揺れています。明日は“七夕”いよいよ夏本番という感じがしてきます。暑中見舞いの季節です。

それでは、今日が素敵な休日の一日になりますように。

ブオナドメーニカ!チャオ!

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トピックス

アルトです。7月最初のブログです。今週は、いえ今週も忙しい一週間でした。しかしそう言いながらも少しは面白いこともありましたのでトピックスとして紹介しておきます。

Dscf1494 まず最初の話題は「知らぬが仏」という話。通勤途上に葬儀場があるのですが、会社帰りに車の中から何気なくそちらを見たら、「ええっ」と思うシーンを見たのです。アジアから来た留学生か旅行者か分かりませんが一組のカップルがいました。良く見るとインドとか中東あたりの顔立ちをした男性が花輪(葬儀の時に使うあの「花輪」)の下にたって、カメラを構える相手の女性に微笑んでいるのです。初めてやってきた日本で綺麗な物を見つけて記念撮影という状況だったのでしょう。たまたまその日はお通夜のない日だったのでしょう葬儀場は閉まっていたので、こんなシーンに出くわしたのだと思います。喪服を着た人たちを見たらまさか写真撮影にはならなかったに違いありません。それにしても葬儀に使う花輪が綺麗だという感覚、写真に写したいという衝動は、日本人には絶対に起こらないでしょうから、あらためて花輪というものをいい意味で見直しました。日本の誇る芸術かも知れません。出来上がった写真を見て彼らは何とコメントするのか聞いてみたい気がします。

Dscf1495 次の話題は「がんばるオヤジ」という話。今週の木曜日は映画を観に行きました。メンズデーということで¥1,000で観れたのはラッキーでした。観た映画は『インディー・ジョーンズ』。ハリソン・フォードは幾つになったのか。確かにアクションシーンでは動きに鈍さを感じましたが、やっぱりこの映画にはハリソン・フォードがいないと始まらないという感じがします。映画音楽を聴くだけでも元気が出てくるような感覚は、ある種の条件反射なのかも知れません。『スターウォーズ』は完結してしまいましたが、『インディー・ジョーンズ』は青春の映画としてずっと続いて欲しいものです。最近はくたびれて来た体に嫌気がさしていたのですが映画を観て「若い連中には負けないぞ!」というオヤジの意地が復活しました。

さて、最後は今日のお話。納期遅れの紺ブレザーをテイラーに取りに行きます。納期には気を使う店主には珍しく携帯電話に詫びの連絡が入りました。特に急ぐ必要もないので週末に引き取りに行くことにしていたのです。それとこちらは深刻な話題ですが、母のメディカル検査にお付き合いします。気になるのは母の病状で、再入院ということにでもなれば家族旅行どころではなくなるし、手術が決まれば、それはもうあることを覚悟しなくてはならない状態になるでしょう。

理由にはなりませんが、気の休まる暇がないので、しばらくはブログは毎日書けそうもありません。毎日楽しみにしてくれている読者、友人には申し訳ないのですが、書ける時に書いていきますので、時々覗いてみてください。今回のブログが556本。もっと積み重ねられたらと思いますので・・・。

それでは、今日が素敵な一日になりますように。

ブオナジョルナータ!チャオ!

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