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本物を見る

アルトです。静かで穏やかな朝です。窓を開けると木の葉が風に吹かれてサァーと音を立てています。枝から葉が落ちて風に舞っています。

Dscf0358 今さっき少し散歩して来ました。銀杏の葉はまだ黄色く色付いていませんでしたが、濃い緑がやや色褪せて来ているようです。来週ぐらいには紅葉が一気に進みそうです。

名前は分かりませんが、常緑樹に赤い小さな実が熟していて、鳥のエサになるのでしょうか、太陽の光に輝いていました。

朝刊(日経)に目を通していましたら、文化欄に伊集院静さんのエッセイが載っていました。『「ようこそ」気品ある響き』と題されたこのエッセイのなかで、最近アルト自身も思っていることを伊集院さんも同じように考えている部分がありました。

それは「<前略>・・この頃、十年の旅で少し学びもしたせいか、思考は探求であり、探求は観察、すなわち見ることだと思いはじめた。目の前の事象を真剣に見つめることがすべてだ。<中略>・・本物を見ることだ。絵画、音楽などもしかり、一篇の詩もそれが創造された土地に立って読み返すとそれまで理解できなかった光を感じる。<後略>・・」

Dscf0360 本物を見るためには行動が必要ですが、本物を見ずしていかに考察しても「本質には迫れない」のではないかと思います。本物には本物からしか感じられない、質感、空気、温度、光、力、味、香、美・・・そして感動があるように思います。

伊集院さんのコラムは旅の雑感として書かれています。その中でポーランドを旅したときに、アウシュビッツ(収容所)で外国人公式ガイドを務めている日本人青年からかけられた「ようこそ」の一言が新鮮に聞こえたと書いています。伊集院さんはこの「ようこそ」を「それは人間の尊厳を学ぶ時間を告げる声であり、気品ある日本語の響きだった。」と結んでいます。人間として過去の悲惨な歴史に目を向けることも大切ですし「戦争とは独裁者や一部の人だけの責任ではない」という日本人青年の言葉も重く受け止めないといけないのでしょう。

いたるところに「本物」はあるのですが、時には恐ろしい「本物」もあるんだと気が付かせてくれた伊集院さんのコラムでした。

少し考えた後で、先日紹介した詩人《八木重吉》の詩を紹介しましょう。

 

こころがたかぶってくる

わたしが花のそばへいって咲けといえば

花がひらくとおもわれてくる

              <貧しき信徒より>

それでは今日が良い一日でありますように!チャオ!

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コメント

はじめまして、こんにちは。
大人になれないサラリーマンですか。
それが大人と思うわたしです。
大人のサラリーマンって良い意味もあるが悪い意味の方が多いように思う。

投稿: tanpopo | 2006年10月22日 (日) 12時07分

tanpopoさん、はじめまして。アルトです。
コメントありがとうございます。
プロフィール見て下さったんですね。少し照れくさいですが「なかなか大人になれないところが自分らしさ」と勝手に思い込んでいます。
また定期的に記事を書いて行きますので、お暇な時にアルトのブログに立ち寄って下さい。チャオ!

投稿: アルト | 2006年10月22日 (日) 18時55分

「本物を見る」同感です!
確か犬養道子さんも同じような趣旨のことをおっしゃってました。
私には2歳の息子がいますが、彼にも本物を見る心を持っていてほしいな、と思っています。

投稿: primavera | 2006年11月 4日 (土) 14時38分

primaveraさん、こんばんわ。コメントありがとうございます。
小さな子供さんの成長が楽しみですね。まずは元気で、少し位わんぱくのほうがいいかも知れませんよ!経験から学ぶことも大きな財産ですし・・・

投稿: アルト | 2006年11月 4日 (土) 18時21分

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